第4回対談ブログ"しゃべろぐ" 「魔法少女まどか☆マギカ」について語ろうぜ!

今日のコミケでも大人気だったまどかマギカだそうですが、
今回のしゃべろぐはそれついてガッツリ語りたいと思います!
ゲストは林田貴光さん (twitterID: hayashida_tw)をお招きしてお送りします!
それではどうぞー!もちろんネタバレあり。

ブログ主:酢めし
対談相手:林田貴光
第4回対談ブログ"しゃべろぐ"「まどか☆マギカ」はじまりはじまりー!
改めて自己紹介をば。酢めしです!
アニメは攻殻SACから見始めたぐらいであんまり数も見てないと思います!
魔法少女ものでいうと大魔法峠とかドクロちゃんとか偏ったものしか見てないww
そんな感じですがまどかマギカは楽しめましたので
今回はそういう外からの視点で語っていきたいと思いますー。
自己紹介…、ゲーセン関連のブログをやったりしてます。はやしだです。
アニメは…海外アニメと1960年代以前のものを見てますが、最近のは詳しくはないです。
1960年以前…。俺が生まれてない…。
俺もそうだよw60年代だと生まれてない。
けど、やっぱいまのアニメを見ても連続性があるので、そこを読み解くと面白い。
ただ、日本のアニメは手塚(TV版鉄腕アトム)以前、以降で断絶があるけど。
60年代とか作品が一つも思い浮かばない…。
ニコ動でしか知らんのですけどチャージマン研とかですか?
60年代は、日本でいうとTVアニメが始まった年代だから、第1期アニメブームのころ。
鉄腕アトム鉄人28号狼少年ケン、、で、巨人の星あしたのジョーまでぐらいが第1期アニメブーム。
70年代終わりの宇宙戦艦ヤマトガンダムZガンダムまでが第2期アニメブーム、になるのかな。いまのくくり方だと。
そんで、第3期がエヴァンゲリオン
自分は本格的に見始めたのがハルヒあたりなので全然わからんですなー。
第4期って言っていいのかしら。
本当は、その間にセーラームーンが入るから、女性(女児)向けも含めるとブームは完全に途切れてはないんだけど、
今は4期になるのかな。大雑把にくくると。
それで林田さんはまどかマギカに関係ありそうな作品ではどんなのを見てますか?
7,80年代の魔法少女モノと、セーラームーンはひと通り見た。おジャ魔女プリキュアは殆ど見てない。
おー!これは頼りになります!
自分はプリキュアすらあんまり見てないもんで。
けど、魔法少女アニメとしてみるなら、
まどマギはシングルイシューだけで1クール引き伸ばしただけだから、あまり語ることはないかなー、とは思う。
それじゃあはじめに見てたときにどんなテンションで見てました?
うちのおねーさんがニトロっ子なので、晩飯食いながら一緒に見てたのね。
んで、「どんな願い事でも」の代償はなんなの?というのがはじめに引っかかったポイント。
それは1話の時点から?
そう。ヒーロー、変身モノは「力を持つものは、それに見合った代償を払わねばならぬ」というのが物語の骨子だから。
映画のスパイダーマンで、主人公が強盗を見逃すと、おじさんがその強盗に殺される、というシーンがあるけど、
あれが、(変身)ヒーローもののすべての基本。
それじゃあウラが見える以前にけっこう不穏な空気は感じていた、と。
つーかニトロプラスファンの人がいるならそっち期待して当然か。
うん。ピーター・パーカーはスパイディの力を得て、
その力を善行に持ちいらなければならないという「代償」をあそこで課されるわけ。
それと同じで、魔法少女もなんらかの代償をはらわないといけない、はずとは思った。
そんでいきなり話しは飛びますが最終回の見方についてはどうです?
あれをめでたしめでたし、と受け取る人とバッドエンドと受け取る人に大きく分かれてましたけど。
あの最終回は、バッドエンドだと思う。視聴者以外、誰も救われてないし。
うーん、私もあの終わり方は確かに誰も救われてないと感じますねえ。
ただ、バッドエンドだとはあんまり思わなかったり。
あの世界では「願い事」に対する制約がないから、
「みんな幸せに暮らしたい」とまどかが願った場合はどうなるの?というエクスキューズがないわけよ。
まあエクスキューズというかまどかが願わなかった魔獣が副産物として生まれてますが。
全員願い叶えて代償もない幸せが実現できるんじゃないの?って疑問に対しては
プラマイゼロにしなきゃって物語バランスがまどマギの根底に流れてる感じですねえ。
「システムそのものへの反逆」が可能であるならば、
魔獣、魔女が居ない世界(つまり、我々が生きている現実と同じ世界)をまどかが望むことも可能であるわけ。
それが幸せかどうかはともかく。
確かにそうですね。
そんで、「ひだまりスケッチ」みたいなゆるふわ日常系アニメを2期から始めます、でも別にいいわけじゃん。
本当に「救済」をテーマとして物語を紡ぐのであればね。
ひたすら魔法少女たちを苦境に落とし込もうとする重力みたいなものは感じますねえ。
ただ、そこで全部リセットしちゃうとあそこまでほむらががんばったのは何なの?ってなっちゃうきがします。
さやかさんの願いも意味なくなるわけだし。
だから物語的に意味を持たせたかったらあの終わりは必然かなーって思います。
いや、無意味でいいんじゃない。
視聴者が喜ぶためだけに、古代ローマの剣闘士よろしく少女が傷つく話を続けられるよりは、
1クールの終わりで「みんな夢だったんだよ」ってことにして、2期からひだまりスケッチやるほうがオレは健全だと思うナー。
うーん、無意味になっちゃうとやっぱり最後の2話だけでいいじゃん、という感じが…。
まー確かにまどかマギカと日常系のアニメのつながりは強く感じます。
キャラとかそのまま放り込んだ感じですよね。
まどかなんてその最たるもので、最後まで仲間を守り日常を死守しようとしてる。
日常に回帰する、という「普通の女の子の願い」をまどかが望んだのであれば、俺はものすごく納得する。
けど、そうでなかったので、なんだかなーと思いながら見てた。
うん、本当は神さまになんかなりたくなかったと思いますよ。
ただ友達とのんびり過ごしたかっただけで。
目の前のさやかとほむらを助けるためだけの願いが大きくなりすぎたかなーって印象はあります。
だからそこで「願い事を叶える代償」と「願い事の力の上限」を設定していなかった歪みが露呈しちゃうわけでさ。
キュゥべえにあのビジョンを見せられてなかったら二人助けて終わってただろうし。
あのビジョン見せられて安直にあの願いをしちゃうのは、まあ中学生の浅はかさかなーって。
さすがに歴史を変えちゃダメだなーって思ったんだろうねw
相手に「こうするしかない」と思い込ませるのは詐欺師の常套手段でさ。
だから、まどかのあの願いは「まどかの本当の願い」ではないわけよ。
そうですよねー。
ある意味あそこでもキュゥべえにだまされてる!
そういうこと。だから、俺の中ではあれはバッドエンド以外ありえんわけ。
なるほど。
それでは次の話題に移りますが、あの世界は極端に男女逆転してますよねえ。
まどかママはキャリアウーマンとして働き、パパは主夫。
恭介くんも物語中では守られるお姫様役ですし。
それについてはどう思いますか?
そうね。でも、そこにあんま深い意味はないんじゃないかな。
たぶん、あのパパはクランプさんの漫画に出てくる優男をコピーしただけだと思うし。
少年漫画では能力者の男の子がお姫様を守るってナイトプリンセス構造がありますが、
少し年齢層が上のライトノベルでは無能力の男の子が能力者の女の子に守られるって逆ナイトプリンセス構造が割と多いですよね。
ネガティブハッピーチェーンソーエッヂとか空の境界とか灼眼のシャナとか。
まどかマギカではその主人公の無能力男すら消え去って
ほぼ完全に女の子のホモソーシャル構造になってて
ライトノベルここに極まれりだなーと思ってました。
それはねー、ポケモン世代に向けだからだと思う。
ポケモン?!
サトシが戦わずに女の子ポケモンが戦うわけよ。
でもサトシがいませんよ。
サトシはQBじゃん。
キュゥべえポケモンマスターになる!みたいな主体性は全く感じませんけどねえ。
でも、あいつを派遣する上部構造があるわけでしょ。
むしろガンツのあの機械の玉みたいな印象。
ガンツでは死んだ人が生き返らされて無理やりなんとか星人とかいう怪物と戦わされるんですが、
その命令が毎回黒い球体に表示されるんですよ。
「この◯◯星人を倒してくだちい」って。
そこには意志もなにもなく、プログラムとしてただ表示されてるって感じです。
ただ、その結果人々がもがき苦しむわけですが。
QBが目的に対する主体性を一切持たないのであれば、宇宙が滅びようが関係ないわけだし、
それを阻止するために「思春期の少女の位相転換」を利用する、というのであれば、
それがQBのレゾンデートルといえるはず。じゃあQBに対する「見返り」は何?という話にならざるをえないわけだけど。
まあなんかキュゥべえはすごいやらされてる感ありますねえ。
それこそウシジマくんみたいな。
上にさらに搾り取ってる人がいると思いますよ。
だからサトシみたいなヒーローイズムや達成感、主体性とか全く感じないです。
自分が生きるために、ただ必死みたいな。
マイナス始まりで、勝ってもゼロみたいな。
いや、アニメのサトシじゃなくて「プレイヤーキャラとしてのサトシ」としてね。
ただ、ポケモンが好きだとしてキュゥべえのあの構造は好きにならないと思うw
あ、ポケモンファン向きってのは皮肉な意味でですか。
というか、「サトシ」のキャラ付けに意味を汲み取るのではなく、
プレイヤー(視聴者)の傀儡としてのサトシ=QB。
なんかそう見るとしてもあんまり魔法少女をうまく使えてない気がw
契約した後はけっこう放置ですしw
わかんないぞ。
QBの目的は魔法少女のぱんつを見ることかもしれないじゃん。(いやこれは冗談だけど
ぱんつてww
魔女との戦闘をうまくやるのが目的ならサトシだと思いますが、キュゥべえは契約したらもう終わりっぽいからなー。
あんまりサトシには見えない。
そうかねえ。まあでも、ポケモン世代以降、「主人公の男の子は戦わないけど、女の子が戦ってくれる」
というのが増えてきて、俺は勝手にそういうのを「ポケモン萌えアニメ」って呼んでるんだけどさ。
うーん、それはポケモンよりライトノベルの流れがやっぱり大きいんじゃないかなー。
ほんとライトノベルざぁーっと見るとそれ系めっちゃありますよ。
ハルヒもそうですね。
いや、ポケモン世代向けにライトノベルを書くとそうなるでしょ、という話。
ポケモンはむしろカードゲーム系アニメの文脈で理解した方がいいんじゃないかなあ。
ミニ四駆とかダンボール戦機まで連綿と続くホビー系アニメとして理解した方がすっきりすると思います。
いや、ポケモンの構造(自分は戦わないで手下にやらせる)ってのは相当異質だったよ。
鉄人28号もそうなんだけど、鉄人は正太郎より全然強いし。
だから、ポケモン以前以後で、日本の子供(男児)文化は大転換している。
ポケモンが1996年。
ネガティブハッピーチェーンソーエッヂが2001年。
ハルヒが2003年かー。
ちょっとポケモンのせいでライトノベルの流れになったにしては間隔が狭すぎるような気がします。
でも、ちょうど世代はかぶるんだよ。小学生でポケモン、中学でハルヒ、で、いま大学卒業する頃?
ふんふん、ちょっと自分の感覚として納得できない部分もありますが一考の価値はありますね。
つーか自分その世代のはずなんですけどね。
その時売れたもの、だけでなくて、その当時にすでに腐るほどあったライトノベルの中から
「なぜそれが選ばれたのか」というのは、時代の流れとか、それを読んでいる子供の原体験に大きく左右されるはずなのな。
で、いま大学生ぐらいの人間に、大きく影響を与えているものはポケモン遊戯王、ワンピース、だと思う。
で、持論をくだくだというけどw
オタク系文化はこの3つのうちの前2つ、ポケモン遊戯王をひな形とするトレンドが主流で、ヤンキー文化はワンピースなわけよ。
ポケモンはサトシの命令でポケモンが戦うけど、ラノベ系はむしろ主人公がただ巻き込まれ型が多いからなー。
なんかその点でも違うような気が。
いや、「サトシ」の肝は「自分が傷つかない」ってことだからさ。命令するしないは問題にならんわけ。
ラノベ系は主人公が無能力ゆえによく死にかけてますがね。
そこを女の子に守ってもらうのがナイトプリンセス逆転なわけで。

(……一旦休憩を挟む……)

ところで俺のまどマギの見方聞いてもらっていいですかね。
どうぞー。
なんかまどマギって完全にハードボイルドヤクザものだなーって思うんですよ。
まず始めに関東最強と畏れられるマミ兄貴がいるわけです。
そのマミ兄貴がふとした油断で死んでしまうんですね。
そこでカタギだったさやかさんが「ちくしょー!兄貴は!兄貴はこんなもんやないんや!」
「兄貴の仇を!!」って筋モンになってしまうわけですよ!
もちろん筋モンになるときに見返りはあっても、なった後に見返りはない。ただ鉄砲玉として死ぬのみです。
あ、でもさやかはどっちかというとダメ男に貢ぐ風俗嬢かな?
そんでその風俗嬢の境遇に同情し、愛した女のためなら、と命まで張っちゃう純情男前な杏子さん。
そんでまあ、10話。あれも完全に相棒ものですね。まどかとほむらの。
まどか「最後はお前がケリをつけて欲しいんや…」ほむら「おい!相棒!死ぬんじゃねえ!!うおおおおおおお!!!!!」
パーン!
あの豆腐メンタルマミさんも
マミ「おい!うちらの中に裏切り者がいるらしいやないか!!誰や!誰やー!!」パァーン!パァーン!ってな感じで。
で、最後はまどかさんがヤクザの親分になって鉄砲玉たちはみんな安らかに特攻できるようになりましたとさ。
うーん。正直その見かたはよくわからんす。
だいたい小道具が不自然なんですよ。
なんで女の子の学園ものにいきなりホストとヤクザが出てくるんですか!
さあねえ。ていうか、俺はまどマギのホストとヤクザの描き方は好かん。
歌舞伎町で働いてたから、どっちにも友達がいるしなあ。友達をあんな悪く書かれるとさすがにムっとはするよ。
確かにホストはほんっとゲスに描かれてますね!ヤクザはあんまり性格描写とかなかったけど。
つーか、「自分(男オタク)の嫌な面」を描くのに、関係ないホストをダシにしてんじゃねぞバーカぐらいは思った。
あれで、俺、一回まどマギ見るのやめたもん。
そんで、自分=視聴者=男オタクの欲望を叶える傀儡であるQBは「不死身」って
お前、どんだけ自分大好き、ご都合主義やねんと。
うん、確かにホストとキュゥべえは視聴者そのものですよね。
9話見て自己嫌悪に陥ったわー。
9話みてまだキュゥべえうぜえって言ってるオタクどもはどこを見てるのかって本気で思った。
そう、そこがねえ、よくわかんない。原作者はQB=男オタクであることはちゃんと認識してると思うのね。
でも、受け手の多くはそうではないらしい、というのが。
最終話もまどか神最高!って感じの反応が多かったような気が。
そうじゃねえだろって。
逆に少女たちがかわいそうって感じの感想もちょっと気持ち悪かったり。
そこをスルーして、あの物語を咀嚼できるのか、というのが一番の驚きだった。
なんで、「まどマギどうだった?」って聞かれたら、「よーわからんかったっすねえ」というのが表向きの回答。
表向きっすかー。
一応ね。面と向かっては。 QB=視聴者の思惑を抜けば、あの世界に「少女が戦う理由」はないわけよ。
「思春期の少女の〜」というのも、それが本当なのか証明するすべはないわけだし、
それこそ、さっきいった「ぱんつがみたい」てのがQBの本当の動機かもしれない。
全ては視聴者=キュゥべえの思い通りだと。
戦い続けるほむらも、神になったまどかも。
そう。「みんな=QBが見たいと願った」から、マミさんはマミられて、ホストが惨殺されるわけよ。
その構造を見せつけられて、いやーな気持ちになる、というのがまどマギ本来の楽しみ方だと思うのさね。
いや、楽しいのかそれ。
うん、ちゃんと考えたらそうならざるをえないよね。
楽しいのか?w
まあそういう「予想通り」をきちんと積み重ねたから人気が出たわけで。
だから、まどマギ信者が言うように「エヴァを超えた」作品にまどマギをするのであれば、
原作者自らQB=視聴者に向かって「気持ち悪い」っていわないとダメだろおおお、と思う。
うんうん。まあまどかマギカの物語としては充分萌えオタ批判になってると思います。
それではある程度の結論が出たところでお開きにしましょうかね。
ええ。
ヒーローとしての代償、ポケモンライトノベル作品との関連、
ホストの扱いからまどかマギカがいかにオタクをぶっ刺す作品であることが明らかになりましたねw
それでは林田さん、本日は忙しいところありがとうございました!
いえいえ、また機会があればやりましょう!
それでは。

今回の対談は私とは全くバックグラウンドの違う林田さんをお相手にするということで
多少緊張してたのですが、その分自分にはない視点を提供してくれて非常にありがたかったです。
当ブログでは今後も対談ブログのお相手をしてくれる人を募集中です!
今のところ思いつくネタといえば「げんしけん」や「ドロヘドロ」あたり?
対応できるネタならなんでもやりたいと思ってるので、思う存分語りたい方はお気軽にお願いします!


また林田貴光さんのブログも興味があったらぜひご覧ください。


ゲームセンターに明日はあるの?
http://blog.livedoor.jp/hayashida2007/